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    新 自 由 主 義

<以下は、服部茂幸著「新自由主義の帰結」(岩波新書)からの抜き書きです。>

 

第1章 新自由主義とは何か

1.ケインズ主義から新自由主義へ

1930年代、ケインズは世界大恐慌は自由放任の経済政策の帰結であると論じ、政府による総需要管理の必要性を訴えた。アメリカではローズベルト政権によって、ニューディ-ルが実施されていた。

 

ケインズやニューディールの考え方を受け継いだ戦後資本主義を形成していたのは、福祉国家であり、大きな企業=大きな政府=大きな労働組合の資本主義であった。むき出しの市場の力を規制する制度によって、戦後資本主義は経済成長と経済的平等を両立させていた。

 

しかしハイエク、フリードマンなどの新自由主義者たちは、大きな政府による経済管理は非効率であるだけでなく、人間の自由を奪うと言い、ケインズ主義や福祉国家に反対した。

(引用者注)新自由主義は「小さな政府」をめざします。英語ではネオ・リベラリズムと言います。市場原理主義と呼ばれることもあります。

 

70年代のスタグフレーションは、戦後資本主義とケインズ経済学を失墜させた。代わって、ハイエク、フリードマンなどの影響力が強まった。フリードマンはスタグフレーションはケインズ経済学に基づいたマクロ経済政策が原因であると論じた。80年代にはイギリスのサッチャー、アメリカのレーガン、日本の中曽根といった新自由主義に基づく政権が誕生した。加えて、チリなど一部の発展途上国では、70年代から先駆的な形で新自由主義の政策は始まっていた。彼らは、福祉国家、大きな政府、労働と金融の規制といった戦後資本主義を支えていた制度を解体する。

同時にアメリカは世界各国に新自由主義の制度と政策を押し付けた。

アメリカはIMFと世界銀行において重要事項の決定について拒否権を持つ。

 

2.新自由主義の理論と政策

新自由主義は、市場の見えざる手による資源配分が効率的であると主張する。それだけでなく、市場における選択は自由の基礎であり、政府による強制は個人の自由を奪うと論じてきた。こうした新自由主義の考え方を支えるのが、現在のミクロ経済学と現代思想である。

ミクロ経済学の教科書は完全競争市場における需給均衡の話から始まる。そこでは、市場では需要と供給が一致するように価格と数量が決まると論じられている。

 

こうした理論が労働市場に適用された場合、失業は何らかの事情で市場が機能せず、賃金率(労働の価格)が高止まりしているということになる。金融市場に適用されると、政府は効率的な金融市場に介入すべきではないということになる。

 

福祉国家もある意味では自由を重視した。しかし福祉国家は「飢えからの自由」などの社会権をも重視した。

しかしハイエクやフリードマンはこうした社会権の存在を否定した。彼らは自由を市場における選択と同義にみなすというように再定義した。貧困をなくすために政府が他人のお金を使うことは、究極的には個人の自由を奪うのであると主張した。

 

戦後資本主義はケインズ経済学の理論に従い、総需要を管理し、失業の撲滅を目指した。それに対して、新自由主義は市場メカニズムが機能すれば失業は自ずと解決する。経済の活動水準は供給サイドによって決まるから、供給サイドの改善を目指すべきと主張した。政策は規制を緩和し、減税することである。

 

自由な市場の効率性を信じる新自由主義経済学は、金融市場を自由化するべきだと論じた。

 

戦後資本主義は福祉国家の理念に従い、富と所得の再分配を行ってきた。それに対して、新自由主義は貧者が働かずに生活が保障されるようになると、彼らは働かなくなると反対した。
 

能力ある人々が富を創出すれば、最終的にはその富の恩恵を貧しい人々も享受できると主張した。こうした考えをトリクルダウンという。

 

新自由主義はケインズ主義国家、福祉国家による経済活動への介入は、個人の自由を侵害し、隷属への道を歩むものであると論じてきた。

 

実際には、経済成長率と政府支出の間には何の関係もない。福祉国家は民主主義とも経済成長とも両立するのである。新自由主義の主張自体が根拠がない思い込みと言える。

 

金融市場の効率性もまた神話であった。アメリカでは金融の自由化がバブルを作り出し、バブルの中で企業や家計は返済できない借金を拡大し、住宅購入などの支出を拡大した。

バブルが崩壊すると、不良債権問題が生じ、大恐慌以来の金融危機と経済危機が生じた。

アメリカが成功したのは、スーパーリッチに富と所得を集中させることであった。

 

 

第2章 経済復活という幻想

1 資本主義のルールがかわった

ハイ・ロードとは技術革新によって、高い品質の製品を低価格で生産することによって競争するというものである。他方、ロー・ロードは低賃金により競争に打ち勝つというものである。戦後資本主義が追求したのは、ハイ・ロードであり、現在の新自由主義レジームが追求しているのは、ロー・ロードである。

 

 

技術革新、大量生産によって生産性が向上していく時代には、賃金が上昇しても、利潤は圧迫されなかった。

また大量生産された財が誰かに購入されなければ、巨大企業は倒産するであろう。賃金上昇は販路を確保する点でも、巨大企業の利益となった。

 

しかし大量生産と技術革新に支えられた戦後資本主義の黄金時代は1960年代末から陰りを見せる。特にアメリカの製造業の場合、日本や(旧)西ドイツとの国際競争に敗れ、その分だけ一層衰退した。グローバリゼーションが進行した結果、アメリカの多国籍企業自体も生産拠点を賃金の低い途上国に移転している。

アメリカでは従来型の製造業に代わり、IT産業に代表される知識産業が発達した。アメリカは知的財産権の保護を強化した。こうした方法で企業は独占利潤を得ることができても、そのこと自体が、知識の波及を妨げ、経済全体の利益を損なうであろう。

 

製造部門は賃金の低い途上国と競争するために、賃金を抑制しなければならなくなった(この点は日本も同じ)。

 

普通の人間は賃金によって生活している。通常ならば、賃金が上昇しないアメリカは、消費不況が生じただろう。消費不況による停滞からアメリカ経済をすく多ものが金融の力であり、バブルであった。

 

戦後資本主義は経営者資本主義とも言われていた。けれども、1980年代以降、資本主義は機関投資家資本主義へと変貌する。

 

機関投資家資本主義もまた、ロー・ロード戦略を後押ししている。機関投資家は長期的な株式所有を前提としていない。彼らが短期的な成果を求めるために、企業の長期的な研究開発が阻害される。

 

富裕層は自己の所得の大部分を貯蓄する。他方生活の苦しい貧困層は所得のほとんどを支出する。したがって、貧困層への所得移転は、

消費を増加させる。こうしてケインズ経済学のレトリックによっても、福祉国家が行う所得再分配政策は正当化されていった。

他方、新自由主義は戦後資本主義を支えてきた制度を破壊するとともに、現在の機関投資家資本主義を支えている。

 

企業は生産性の上昇に応じた賃金を払う代わりに、労働者は企業に忠誠を誓うということが、戦後資本主義の暗黙のルールであった。それが今では、経営者は労働者をリストラし、賃金を抑えることによって利潤を拡大し、株価を上昇させ、経営者は対価として法外な報酬を得るということにルールが変わった。新自由主義経済学とその政策は、労働市場を自由化し、労働組合を抑圧することによって、賃金抑制に貢献した。

機関投資家資本主義は投機の上に成立する。しかし投機が規制されていれば、多額の資金を持っていても投機を行うことができないだろう。アメリカの金融当局は1980年代以降、萌芽的には70年代から金融の自由化を推し進め、他国にも金融の自由化を押し付けてきた。新自由主義経済学は金融市場は効率的であると主張し、金融の自由化政策を支持してきた。

 

 

2.バブルと負債に依存するアメリカの経済成長

アメリカ経済の成長はバブルとバブルに支えられた負債に依存していた。

バブルによって株や住宅の価格が上昇すると、数字の上ではその所有者の富は増加する。

しかし、労働によって、新たな財が生産されれば、社会は豊かになるが、株価や住宅価格がいくら上昇しても、新たな富が生み出されたわけではない。

3.アメリカの「失われた40年」

レーガン政権による新自由主義政策が始まってから、比較的経済成長率が高かったと言えるのは、90年代後半だけである。しかも、この高い経済成長はITバブルに支えられたものであり、ITバルブが崩壊すると、高成長もまた終わった。結局、アメリカの「経済復活」という通念は幻想だったのである。

 

新自由主義は供給サイドの経済学であり、富の生産を重視する経済学であると言われている。そして、ケインズ主義による需要管理政策や貧困層への所得再分配を批判する。けれども、新自由主義が成功したのは、バブルによる需要創出であり、1%のスーパーリッチに富と所得を集中させることであった。

 

スーパーリッチは贅沢をしても、その支出は彼らの膨大な所得や富から比べるとわずかである。貧困層は所得の大部分を消費に回すが、彼らの所得は伸び悩んでいる。こうして消費が抑制され、それが実体経済の成長を抑制した。他方、スーパーリッチの豊富な資金は投機マネーとなり、株式市場(1920年第0、住宅金融市場と住宅金融の証券化市場(2000年代)へと流入し、バブルを煽っていた。

 

 

4.日本の「実感なき好景気」

 

2002年からの日本の戦後最長の好景気(いざなみ景気)は、実感なき好景気とも言われていた。1997−98年の金融危機以降、日本の実質賃金は低下に転じた。この趨勢はいざなみ景気時代も変わらない。好景気の実感がないのは当たり前といえよう。

金融危機以降、非正規労働者も広がった。日本における非正規労働の問題点は、その低賃金にある。

 

いざなみ景気を支えたのは、中国特需に代表される輸出と、それに伴う設備投資の拡大であった。

 

そして、アメリカの住宅バルブが崩壊し、世界経済が崩壊するとともに、日本の輸出バルブ、円安バルブもまた崩壊したのであった。

 

 

5.新自由主義は何に成功したか

 

アメリカにおいても、日本においても、新自由主義レジームが作り出したものは、大衆の貧困であり、格差拡大であった。そして支出性向の低いスーパーリッチに富と所得を集中させることを通じて、経済停滞を助けてきたのであった。

 

 

 

 

 

(第3章〜第5章は省略)

 

 

 

終章 新自由主義を超えて

 

景気対策として金持ち減税の効果は極めて弱い。逆に最も効果が強いのが、政府の支出拡大である。すると金持ち減税と支出削減の組み合わせは、不況を悪化する政策といえよう。

 

大恐慌期にこの最悪の政策を取ろうとしていたのが当時の大統領のフーバーであった。

 

フーバーの政策が恐慌を悪化させたのだとすれば、とるべき政策は逆でなければならない。すなわち、富と所得を下に移転する政策である。

その一つの方策として、富裕税と財政支出の拡大がある。

有り余る資金を持っているのは、一部のお金持ちである。富裕税によって彼らの資金を政府に集め、支出すれば、それだけ需要が増加することになる。

他方ワーキング・プアーや失業者は生活のために支出したいと思っても、資金がない。政府の資金が彼らの雇用のために使われれば、彼らの支出も増加するので、さらに需要が拡大することになるだろう。

(以下は、ハーヴェイ「新自由主義」からの抜き書きです。)

 

新自由主義とは何よりも、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利がもっとも増大する、と主張する政治経済的実践の理論である。国家の役割は、こうした実践にふさわしい制度的枠組みを創出し維持することである。例えば国家は、通貨の品質と信頼性を守らねばならない。また国家は、私的所有権を保護し、市場の適正な働きを、必要とあれば実力を用いてでも保障するために、軍事的、防衛的、警察的、法的な仕組みや機能を作り上げなければならない。さらに市場が存在しない場合には、市場そのものを創出しなければならないー必要とあれば国家の行為によってでも。だが国家はこうした任務以上のことはしてはならない。市場への国家の介入は、一旦市場が作り出されれば、最低限に保たれなければならない。

 

*ここでは、新自由主義が強権政治や軍事と結びつきやすいことに注目。

世界で始めて新自由主義政策を実行したのは、1973年のチリで、民主的な選挙で選出され社会主義を目指したアジェンデ政権を武力クーデターで倒したピノチェト将軍であった(アメリカが裏で糸を引いていた)。またアメリカは、イラクに存在もしない大量破壊兵器を保有しているとの口実で攻撃し、イラクに(新自由主義の意味での)「自由」を押し付けた。

(以上、引用者によるコメント)

 

(補)

1962、フリードマンは、著書『資本主義と自由』において、政府が行うべきではない政策、もし現在政府が行っているなら『廃止すべき14の政策』を主張した。下記を参照。

  1. 農産物の買い取り保障価格制度。

  2. 輸入関税または輸出制限。

  3. 商品サービスの産出規制(生産調整・減反政策など)。

  4. 物価や賃金に対する規制・統制。

  5. 法定の最低賃金や上限価格の設定。

  6. 産業や銀行に対する詳細な規制。

  7. 通信や放送に関する規制。

  8. 現行の社会保障制度や福祉(公的年金機関からの購入の強制)。

  9. 事業・職業に対する免許制度。

  10. 公営住宅および住宅建設の補助金制度。

  11. 平時の徴兵制

  12. 国立公園

  13. 営利目的の郵便事業の禁止。

  14. 国や自治体が保有・経営する有料道路

 

 

 

 

(注)

ニューディール

大恐慌経済危機の下で、1930年代にアメリカ合衆国のF・D・ルーズベルト政権により実施された政策総称。ニューディールは「新規巻き直し」といった味で、ルーズベルトが32年の大統領選挙運動の際に国民の支持を得るために使ったことばだが、当初明確な体系だった政策構想があったわけではなかった。しかしアメリカの資本主義経済を救済するために、経済のほぼすべての部門にわたって積極的に施策が講じられ、その過程で行政府への権力の集中、とくに連邦政府の経済的機能の拡大が著しい進展をみせ、それに伴ってアメリカの経済構造も、国家独占資本主義、修正資本主義、混合経済といった諸概念で把握されるような重要な変化をきたした。

 

見えざる手

経済学の祖、アダム・スミスの『国富論』に現れる言葉。

市場経済において、各個人が自己の利益を追求すれば、結果として社会全体において適切な資源配分が達成される、とする考え方。スミスは個人が利益を追求することは一見、社会に対しては何の利益ももたらさないように見えるが、各個人が利益を追求することによって、社会全体の利益となる望ましい状況が「見えざる手」によって達成されると考えた。スミスは、価格メカニズムの働きにより、需要と供給が自然に調節されると考えた。

 

スタグフレーション

景気が後退していく中でインフレーション(インフレ、物価上昇)が同時進行する現象のこと。この名称は、景気停滞を意味する「スタグネーション」と「インフレーション」を組み合わせた合成語。

通常、景気の停滞は、需要が落ち込むことからデフレ(物価下落)要因となるが、原油価格の高騰など、原材料や素材関連の価格上昇などによって不景気の中でも物価が上昇することがある。これが、スタグフレーションである。

景気後退で賃金が上がらないにもかかわらず物価が上昇する状況は、生活者にとって極めて厳しい経済状況といえる。わが国では、1970年代のオイルショック後にこの状態となっていた。

 

バブル経済

土地・株のような資産価格が、投機によって実体経済から大幅にかけ離れて上昇する経済状況。多くの場合、信用膨張を伴う。価格の高騰が投機の誘因となる間、バブル経済は持続するが、ファンダメンタルズから想定される適正水準を大幅に上回るため、金融引き締めなどをきっかけに市場価格が下落しはじめると、投機熱は急速に冷め、需給のバランスが崩れ、資産価格は急落する(バブルの崩壊)。名称は、泡(バブル)のように膨張し、あるきっかけで破裂するところから。
日本では特に、1980年代後半から始まり1990年代初頭に崩壊した、資産価額の高騰による好況期を指す。

 

投機

「機会に乗じて、短期間で利益(利ざや)を得ようとする行為」。わかりやすく言えば、「安いときに買い、高いときに売る」取引。

 

 

参考文献

 

・新自由主義の教典

ミルトン・フリードマン「資本主義と自由」

フリードリヒ・ハイエク「隷属への道」

 

・新自由主義に対する批判

これには、ケインズ経済学派によるものとマルクス経済学派によるものがあります。新自由主義に対する批判に限定すれば、両者の主張はよく重なります。以下では、ハーヴェイがマルクス経済学派です。

服部茂幸「新自由主義の帰結」(岩波新書)

ジョセフ・スティグリッツ「世界の99%を貧困にする経済」

 ゲームのルールを自分たちに都合よく作り上げ、公共セクター

 から大きな贈り物を搾り取る「レントシーキング」についての

 記述が興味深いです。

     同    「これから始まる新しい世界経済の教科書」

デヴィッド・ハーヴェイ「新自由主義」

 

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